札幌地方裁判所 平成9年(ワ)1831号 判決 1998年3月31日
原告
寺上博明
原告
二丹田大介
原告
髙橋修二
原告
佐藤さおり
原告
沼田利香子
原告
大越正志
原告
長山明敬
原告
末永雅巳
原告
服部正道
右九名訴訟代理人弁護士
長野順一
同
佐藤博文
同
川上有
同
渡辺達生
同
三浦桂子
被告
破産者株式会社ブルーハウス破産管財人 髙﨑良一
右訴訟代理人弁護士
片岡清三
被告
破産者株式会社ブルーハウス破産管財人 片岡清三
主文
一 原告らが、破産者株式会社ブルーハウスに対し、札幌地方裁判所平成九年(フ)第一一号破産事件につき、それぞれ、別紙1破産債権目録記載の各債権を一般の優先権ある破産債権として有することを確定する。
二 原告寺上博明、同二丹田大介、同髙橋修二、同大越正志、同長山明敬、同末永雅巳及び同服部正道のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、全部被告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
原告らが、破産者株式会社ブルーハウスに対し、札幌地方裁判所平成九年(フ)第一一号破産事件につき、それぞれ、別紙2届出債権一覧表記載の各債権を一般の優先権ある破産債権として有することを確定する。
第二事案の概要
一 本件は、破産者株式会社ブルーハウス(以下「破産会社」という。)の従業員であった原告らが、破産会社の破産手続において、それぞれ、未払の給料債権等を優先的破産債権として届け出たところ、破産管財人である被告らが、別紙2届出債権一覧表記載の各債権について異議を述べたので、原告らが、右各債権が商法二九五条、破産法三九条に基づく一般の優先権ある破産債権であることの確定を求めた事案である。
二 争いのない事実
1 破産会社は和洋家具、室内装飾用具の卸小売等を業とする株式会社であったが、平成九年一月九日破産宣告を受け(札幌地方裁判所平成九年(フ)第一一号)、同日被告らが破産管財人に選任された。
2 原告らは、それぞれ別紙3<略>入社年月一覧記載の年月に破産会社に入社し、平成九年一月六日破産会社の実質的倒産に伴い解雇されるまで、破産会社に雇用されていた。
3 破産会社の給料は毎月二〇日締め、二五日支払であった。二五日が休日の場合には、その直前の出勤日が支払日であった。
4 破産会社においては、従業員の休日は週一回(ただし、四週六休)、国民の祝日に関する法律に定める休日、冬季及び夏季に各二日間その他臨時休日等と定められていたが、従業員が右休日に出勤した場合は、代休の取得を認める代わりに休日出勤手当を支給しない扱いであった。
5 破産会社では、平成八年一二月まで、従業員全員について、それぞれ一か月一〇〇〇円が積立金名目で給料から控除され、また、主事以上の者について、それぞれ一か月一万〇六〇七円が社員持株会名目で給料から控除されていた。本訴において、主事以上の者に該当するのは、原告寺上博明(以下「原告寺上」という。)及び同末永雅巳(以下「原告末永」という。)である。
6 原告らは、それぞれ、別紙2届出債権一覧表「届出年月日」欄記載の年月日に、同表「届出額」欄記載の金額を優先的破産債権として届け出たが、被告らは平成九年七月一一日の債権調査期日において、右届出債権につき異議を述べた。
7 被告ら、原告末永雅巳に対しては平成九年一〇月三一日、原告服部正道に対しては平成一〇年三月五日の本件口頭弁論期日において、その余の原告らに対しては平成九年一一月六日、原告らの届出にかかる債権のうち、所定の支払日から起算して二年が経過しているものについては、労働基準法一一五条による二年の消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
三 争点
1 休日出勤手当について
(原告らの主張)
(一) 破産会社の就業規則一九条(<証拠略>)によれば、原告らの各月別所定休日日数は、別紙4<略>休日日数一覧表「所定休日日数」欄記載のとおりである。
(二) 原告らは、それぞれ、同表「休日出勤日数」欄記載の日数の休日労働を行った。
(三) 破産会社の賃金規定(<証拠略>)、労働基準法三七条一項及び割増賃金令によれば、破産会社は、従業員が休日に労働した場合、次の計算式により算定される休日出勤手当をその従業員に支払うべきこととなる。
(算定式)
休日出勤手当=(基本給+役付手当+業務手当+物価手当+住宅手当)÷(一か月平均所定労働日数)×1.35×(休日出勤日数)
(以上)
右算定の根拠となる原告らの基本給及び各種手当の額は、それぞれ、別紙5<略>原告別給料一覧表記載のとおりである。また、一か月平均所定労働日数は二三日である。
(四) 破産会社は、前項により算出される休日出勤手当をいずれも支払っていない。
(五) よって、原告らは、破産会社に対し、未払の休日出勤手当として、それぞれ、別紙2届出債権一覧表「休日出勤手当」欄記載の優先的破産債権を有するものである。
(被告らの主張)
破産会社では、従業員が休日出勤した場合には代休(有給休日)をとるように指導していたところであり、休日出勤手当を支払う扱いにはしていなかった。原告らが、退職時までに代休を消化できなかったことは気の毒であるが、破産会社における取扱いが右のとおりであった以上、休日出勤手当を支払う義務はない。
(被告らの主張に対する原告らの反論)
確かに、破産会社は、従業員に対し、休日出勤日数分の代休を取得できると説明していたが、破産会社における従業員らの勤務実態からして、代休の消化は事実上困難であった。消化できなかった代休日数分については、休日出勤手当が支払われるべきである。
2 積立金名目の控除について
(原告らの主張)
(一) 破産会社では、従業員全員の給料からそれぞれ積立金名目で一律一か月一〇〇〇円が控除されていた。
(二) この控除は、従業員本人の同意も、労使協定もなく行われたものであって、違法かつ無効なものである。したがって、右控除は単なる給料の未払にすぎない。
(三) 原告らそれぞれが在職中積立金名目で控除された金額は、別紙2届出債権一覧表「積立金」欄記載のとおりである。
(四) よって、原告らは、破産会社に対し、それぞれ、同欄記載の優先的破産債権を有する。
(被告らの主張)
積立金は社員の親睦会の会費として給料から控除されていたものであって、積立金の返還義務は右親睦会にある。その使途は、被告らには不明である。
3 社員持株会名目の控除について
(原告らの主張)
(一) 破産会社の従業員のうち主事以上の者は、同社より受けるべき給料から社員持株会名目で一か月一万〇六〇七円が控除されていた。
(二) しかし、破産会社における社員持株会は、これまでに配当や株券交付がされたことはなく、株主総会の開催通知や総会についての報告がなされたこともないものであって、全く実体がなかった。
また、社員持株会名目で控除することについて、従業員の個別具体的同意はとられておらず、また、労使協定もないのであって、かかる控除は違法、無効である。したがって、右控除は単なる給料の未払にすぎない。
(三) 原告寺上及び同末永は主事以上であったため、原告寺上については平成五年六月から平成八年一二月まで四三か月にわたり、また、同末永については遅くとも平成六年八月から平成八年一二月までの二九か月にわたり、それぞれ社員持株会名目で一か月一万〇六〇七円ずつ控除されていた。
(四) よって、原告寺上及び同末永は、破産会社に対し、それぞれ、別紙2届出債権一覧表「社員持株会」欄記載の優先的破産債権を有する。
(被告らの主張)
(一) 破産会社の社員持株会は現実に存在し、原告寺上及び原告末永は破産会社の株主になっていた。
すなわち、破産会社の社員持株会である「ブルーハウス社員持株会」(以下「新持株会」という。)は平成八年八月二六日設立されたものであるが、破産会社においては、それ以前から社員持株会(以下「旧持株会」という。)が存在し、新持株会の設立時、これに吸収されたものである。
原告寺上及び同末永は、それぞれ、旧持株会において一〇〇万円の、新持株会において一五〇万円の出資を引き受けた。右原告らの出資引受分は、社員持株会が全額立替払いした上、破産会社が社員持株会との協定に基づき、旧持株会にかかる分について給料から控除する方法で毎月徴収していたものである。なお、新持株会にかかる分については右支払完了後に徴収する予定であったが、その前に破産会社が破産したため未徴収である。
(二) 新持株会は、平成八年八月三〇日、破産会社との間で、社員持株会に対する出資金を破産会社が加入社員の給与及び賞与から控除した上、奨励金と合わせて社員持株会に引き渡す旨の覚書を締結した。また、新持株会の理事長である武田博幸は、同日、代表社員として、破産会社との間で、社員持株会の出資金の控除に関して労働基準法二四条に基づく協定を締結した。したがって、社員持株会に対する出資金の支払を控除の方法によって行うことは、旧持株会に遡って適法なものである。
仮に、右協定が労働基準法二四条の協定に該当しないとしても、そもそも、破産会社における社員持株会は全社員の約一割が参加しているにすぎず、利害関係のない全社員の過半数を代表する社員との間で同条の協定を締結することは著しく困難であるから、かかる社員持株会に対する出資金の控除については同条の協定を必要としないものである。
また、社員持株会の構成員である各従業員は、社員持株会への出資金を給料から控除されることに同意していたから、右控除は有効である。だからこそ、原告寺上及び同末永は、二年以上にわたり社員持株会名目で控除されながら、破産会社に対し一度も異議等を述べなかったのである。
(被告らの主張に対する原告らの反論)
原告寺上及び同末永が、それぞれ旧持株会につき一〇〇万円の、新持株会につき一五〇万円の出資を引き受けたことはない。
破産会社においては、平成八年八月になって初めて、「ブルーハウス社員持株会」(新持株会)が設立され、規約、書類が整えられた。それ以前の社員持株会(旧持株会)については何の資料も残されていないのであり、実体を伴わないものであったことは明らかである。実体のないものであったからこそ、新持株会が設立されたのである。
4 退職金について
(原告大越正志の主張)
(一) 破産会社の退職金規程(<証拠略>)によれば、勤続三年以上の者について退職金を支給することとなっている(三条)。また、勤続年数の計算に当たっては、六か月以上の端数は、これを一年に切り上げるものとされている(五条二号)。
(二) 原告大越正志(以下「原告大越」という。)は、平成六年二月から平成八年一二月まで、二年一一か月にわたって破産会社に勤務した。
(三) よって、原告大越は、破産会社に対し、別紙2届出債権一覧表「退職金」欄記載の優先的破産債権を有する。
(被告らの主張)
破産会社の退職金規程五条は、三条により退職金の受給資格が認められる勤続三年以上の従業員について、退職金支給基準の基礎となる勤続年数の計算方法を定めたものである。勤続三年に満たない原告大越については、そもそも退職金受給資格がない。
第三当裁判所の判断
一 争点1(休日出勤手当)について
1 破産会社では、従業員が休日に出勤した場合に、代休の取得を認める代わりに休日出勤手当を支給しない扱いであったことは、当事者間に争いがない。しかし、証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、破産会社においては、近年、年中無休営業等により従業員の休日出勤が常態化しており、現実には代休の取得もままならなかったこと、そのため、原告らが破産会社の破産により解雇されるまでに消化できなかった日数が、別紙4<略>休日日数一覧表の「休日出勤日数欄」記載のとおりであることが認められる。
2 労働基準法は、使用者に対し、労働者に一定の休日を取得させる義務を課し(三五条)、また、このような休日に使用者が労働者に休日労働をさせた場合には、その日の労働について割増賃金令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払う義務を課している(三七条一項)。
ところで、使用者が、労働契約又は従業員との個別的同意に基づいて休日と定められた特定の日を労働日に変更し、代わりに本来は労働日である特定の日を休日に変更する措置(休日振替措置)を執ることも可能であり、このような措置を執った場合には、もともと休日と定められた特定の日が労働日となり、従業員に労務提供義務が生じることから、使用者としては通常の賃金を支払えば足り、割増賃金を支払う義務はないと解されている。しかしながら、このように使用者が労働者に休日労働をさせながら割増賃金支払義務が免除されるのは、現実に、事前又は事後の特定の労働日を休日に振り替えた場合に限られるというべきである。なぜなら、前記のとおり、労働基準法は、使用者が労働者に休日労働をさせた場合には割増賃金を支払うことを原則としているのであり、このように考えなければ同法三五条が休日を設けて労働者の健康等を配慮しようとした趣旨が没却されるからである。
本件において、破産会社は、前記のとおり、従業員に休日出勤をさせた場合、事後的な休日として代休の取得を認めていたものの、現実に特定の労働日を休日に振り替えていたわけではないから、前記のような休日振替措置と同視することはできない。破産会社におけるこのような休日出勤及び代休取得の扱いは、労働基準法三五条の規定の趣旨にそぐわず、その相当性に問題があるというべきであるが、それはともかく、原告らが休日出勤をしながら特定の労働日が休日に振り替えられなかった分、すなわち、原告らにおいて現実に代休を取得しえなくなった分については、同法三七条一項が定める原則どおり、使用者に割増賃金支払義務があるというべきである。
なお、被告らは、代休を消化できなかった分は退職前の有給休暇として処理する扱いであったと主張するが、年次有給休暇制度は、所定の休日のほかに、毎年一定日数の休暇を有休で保証(ママ)する制度であり、所定の休日に労務を提供したことに対する割増賃金支払義務を免除する理由たりえないことは明らかである。
3 破産会社における休日出勤の算定方法、原告らそれぞれの基本給及び各種手当の金額並びに一か月所定労働日数については、被告らにおいて原告らの主張を明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。
そうすると、原告らは、破産会社に対し、それぞれ少なくとも別紙2届出債権一覧表「休日出勤手当」欄記載のとおりの給料債権(一般の優先権ある破産債権)を有することになるが、被告らが、本訴において労働基準法一一五条による二年の消滅時効を援用したので、原告らそれぞれにつき、時効中断の日である債権届出の日から遡って二年以内に支払われるべきであったものに限って認容すべきである。その範囲は、別紙6認容額算定一覧表「休日出勤手当関係」欄記載のとおりである。
4 原告らは、破産会社の破産手続において債権届出をしたものであるから、民法一五二条が規定する破産手続参加として、破産手続の開始日である破産宣告の日(平成九年一月九日)に時効中断の効力が生じたと解すべきである旨主張する。
しかし、民法一五二条が破産手続参加に時効中断の効力を認めている趣旨は、破産債権者による債権の届出(破産法二二八条)が権利者による権利の主張であって時効中断事由としての請求(民法一四七条一号)と同視することができるためであるから、時効中断の効力が生じる時期については、現実に権利主張を行ったと認められる時点、すなわち債権届出の時点と解するほかなく、原告らの主張は採用することができない。
二 争点2(積立金名目の控除)について
1 破産会社において、従業員全員がそれぞれの入社以来平成八年一二月まで積立金名目で一律一か月一〇〇〇円が控除されていたことは、当事者間に争いがない。
2 ところで、使用者は、従業員に対し、原則として賃金の全額を支払わなければならず(賃金全額払いの原則、労働基準法二四条一項)、賃金の一部控除が許されるのは、法令に別段の定めがある場合又は労働者の過半数で組織する労働組合(そのような労働組合がないときには、労働者の過半数を代表する者)との書面による協定がある場合に限られる(同条項但書)。
破産会社における積立金名目の控除は、同条項但書にいう賃金の一部控除にほかならないから、これが認められるためには法令の定め又は右のような労働組合等との協定があることが必要であるところ、かかる法令の定めはなく、また、破産会社において右のような協定が存在したことについてはこれを認めるに足りる証拠がない。さらに、原告らが個別に積立金名目の控除につき同意していたとの事実もこれを認めるに足りる証拠はない。したがって、右の積立金名目での控除は、賃金全額払いの原則に違反するものであって、無効といわざるを得ない。
なお、被告らは積立金の支払義務を負っているのは親睦会であって、破産会社ではない旨主張するが、親睦会なるものの実体を認めるに足りる証拠はない上、右のとおり、積立金名目での控除が無効である以上、その控除額は給料の未払と認められるのであって、破産会社がその支払義務を負うことは明らかである。
3 そうすると、原告らは、破産会社に対し、それぞれ入社以来平成八年一二月までの月数に一〇〇〇を乗じた金額の給料債権(一般の優先権ある破産債権)を有することになるが、被告らが、本訴において、労働基準法一一五条による二年の消滅時効を援用したので、原告らそれぞれにつき、時効中断の日である債権届出の日から遡って二年以内に支払われるべきであったものに限って認容すべきである。その範囲は、別紙6認容額算定一覧表「積立金関係」記載のとおりである。
三 争点3(社員持株会名目の控除)について
1 原告寺上及び同末永が、それぞれの給料から社員持株会名目で一か月一万〇六〇七円を控除されていたことは、当事者間に争いがない。また、証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、同原告らのそれぞれの控除合計額は、少なくとも別紙2届出債権一覧表「社員持株会」欄記載の金額になることが認められる。
2 ところで、前記のとおり、賃金の一部控除が許されるのは、法令に別段の定めがある場合又は労働者の過半数で組織する労働組合(そのような労働組合がないときには労働者の過半数を代表する者)との書面による協定がある場合に限られるところ、破産会社における社員持株会名目の控除については、かかる法令の定めはなく、また、右のような協定が存在したことについてはこれを認めるに足りる証拠がない。
証拠(<証拠略>)によれば、訴外の破産会社従業員五名が、平成八年八月二六日、「ブルーハウス社員持株会」(新持株会)を設立したこと、新持株会の規約によると、入会を希望する主事以上の従業員は入会を申し込むことにより会員になることができる旨定められていること、同月三〇日、新持株会の代表者と破産会社との間で拠出金(出資金)を当該社員の給与及び賞与から控除することについて協定(<証拠略>)が交わされたことが認められる。しかしながら、新持株会設立以前に、控除名目に使用されていた旧持株会については、その実体を認めるに足りる証拠がない(<証拠略>では全く不十分である。)。かえって、右のように平成八年八月に至って新持株会が設立され協定が交わされた事実自体からすると、右設立以前には、控除名目に使われたような社員持株会なるものの実体や、給料からの控除に関する協定がなかったことが推認されるのである。
原告寺上及び同末永が、新持株会に入会申込みをしていないことは明らかであるから(<証拠略>、弁論の全趣旨)、同原告らについてなされた右協定締結後の平成八年九月ないし一二月の控除が有効となる余地もない(なお、原告寺上及び同末永が社員持株会名目で受けていた控除が新持株会に関するものではないことは被告らも自認するところである。)。
3 被告らは、社員持株会名目での控除は、控除を受ける従業員の個別的な同意を得て行っていたものであるから、労働基準法二四条一項の適用外である旨主張する。
なるほど、証拠(<証拠略>)によれば、原告寺上は、平成五年四月ころ、上司から社員持株会に参加するよう言われ、いったんは断ったものの、その直後に破産会社の社長から直々に参加するよう命じられて了承したこと、その後、平成五年六月から社員持株会名目での控除が開始されたことが認められるから、同原告は、給料から社員持株会名目で控除されることに一応同意していたものと考えられる。また、原告末永については、同原告が社員持株会のための控除に積極的に同意したことを認めるに足りる証拠はないものの、少なくとも二九か月にわたって右名目で控除されながらこれに異議を唱えたような形跡がないことからすれば、同原告もこれに同意していたものと認める余地がないわけではない。
しかし、従業員の個別的な同意を理由に賃金全額払いの原則に対する例外を認めるべき場合があるとしても、そのような例外を認めるためには、当該控除に合理的な理由があり、かつ、控除を受ける従業員の同意が自由な意思に基づくものであることを要するというべきであり、また、右同意が労働者の自由な意思に基づくものであるとの認定判断は、賃金全額払いの原則の趣旨から、厳格かつ慎重に行わなければならないというべきである(最二小判平成二年一一月二六日民集四四巻八号一〇八五頁参照)。
本件においては、前記のとおり、旧持株会の実体を認めるに足りる証拠がなく、社員持株会名目で控除されていた金員の使途等も不明であって、右控除に合理的な理由があったとは到底認められない。また、原告寺上については、前記のとおり、当初社員持株会への参加を拒否していたのに、破産会社の社長に命じられて半ば強制的に参加することになったもので、右参加が原告寺上の自由な意思に基づくものといえるかどうか疑問が残る。まして、原告末永については、社員持株会名目での控除に積極的に同意したことはなぐ、単に二九か月余にわたって控除されながら異議を唱えなかったというのみであって、これをもって自由な意思に基づく同意ということはできない。
このように、原告寺上及び同末永に対する社員持株会名目での控除は、控除に合理的な理由があるとは認められないし、同原告らの自由な意思に基づく同意があるとも認められないから、賃金全額払いの原則に違反し、無効というべきである。
4 そうすると、原告寺上及び同末永は、破産会社に対し、それぞれ、少なくとも別紙2届出債権一覧表「社員持株会」欄記載の給料債権(一般の優先権ある破産債権)を有することになるが、被告らが、本訴において労働基準法一一五条による二年の消滅時効を援用したので、右原告らそれぞれにつき、時効中断の日である債権届出の日から遡って二年以内に支払われるべきであったものに限って認容すべきである。その範囲は、別紙6認容額算定一覧表「社員持株会関係」記載のとおりである。
四 争点4(退職金請求の可否)について
原告大越の勤続期間が二年一一か月であることは当事者間に争いがない。
原告大越は、破産会社の退職金規程五条二号が「勤続年数の一年未満は、その端数が六か月以上のときは、これを一年に切り上げ、六か月未満のときはこれを切り捨てるものとする。」旨規定していることを根拠に、勤続期間二年一一か月である原告大越にも退職金の受給資格がある旨主張する。
しかし、破産会社の退職金規程(<証拠略>)が、三条において、勤続三年以上の従業員に退職金を支給する旨明記しているのであり、そして、これに続く四条で、退職金の額は、退職時の算定基礎額に勤続年数に応じた支給基準率を乗じることによって算出する旨、さらに、五条柱書きで勤続年数の計算は次のとおりとするとしたうえ、その二号で、勤続年数の一年未満は、その端数が六か月以上のときは一年に切り上げ、六か月未満のときはこれを切り捨てる旨定めているのであるから、右五条二号は、被告らの主張するとおり三条により退職金の受給資格が認められる勤続三年以上の従業員について、退職金支給基準の基礎となる勤続年数を定めたものと解するのが相当である。
原告大越は、前記のとおり、勤続三年に満たないのであるから、退職金の受給資格はないものといわざるを得ない。
第四結論
以上によれば、原告らの本訴請求は、それぞれ別紙1破産債権目録記載の債権の確定を求める限度で理由があるからこれを認容し、原告寺上、同二丹田大介、同髙橋修二、同大越、同長山明敬、同末永及び同服部正道のその余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条ただし書、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 一宮和夫 裁判官 伊藤雅人 裁判官 浅岡千香子)
別紙1 破産債権目録
一 原告寺上博明につき、一二一万六一六四円
ただし、同原告(小樽店勤務)が破産者株式会社ブルーハウスに対して有する以下1ないし3の給料債権の合計
1 平成七年二月から平成九年一月までの休日出勤手当合計九四万九二〇三円
2 平成七年二月から平成八年一二月まで二三か月間にわたり一か月一〇〇〇円ずつ積立金名目で給料天引の方法により控除された合計二万三〇〇〇円
3 平成七年二月から平成八年一二月まで二三か月間にわたり一か月一万〇六〇七円ずつ社員持株会名目で給料天引の方法により控除された合計二四万三九六一円
二 原告二丹田大介につき、三一万六〇三二円
ただし、同原告(小樽店勤務)が破産者株式会社ブルーハウスに対して有する以下1ないし2の給料債権の合計
1 平成七年二月から平成九年一月までの休日出勤手当合計二九万三〇三二円
2 平成七年二月から平成八年一二月まで二三か月間にわたり一か月一〇〇〇円ずつ積立金名目で給料天引の方法により控除された合計二万三〇〇〇円
三 原告髙橋修二につき、二五万八四四四円
ただし、同原告(盛岡南店勤務)が破産者株式会社ブルーハウスに対して有する以下1ないし2の給料債権の合計
1 平成七年一一月から平成九年一月までの休日出勤手当合計二四万四四四四円
2 平成七年一一月から平成八年一二月まで一四か月間にわたり一か月一〇〇〇円ずつ積立金名目で給料天引の方法により控除された合計一万四〇〇〇円
四 原告佐藤さおりにつき、一一万九一三五円
ただし、同原告(盛岡南店勤務)が破産者株式会社ブルーハウスに対して有する以下1ないし2の給料債権の合計
1 平成七年一一月から平成九年一月までの休日出勤手当合計一〇万五一三五円
2 平成七年一一月から平成八年一二月まで一四か月間にわたり一か月一〇〇〇円ずつ積立金名目で給料天引の方法により控除された合計一万四〇〇〇円
五 原告沼田利香子につき、八万六五六九円
ただし、同原告(盛岡南店勤務)が破産者株式会社ブルーハウスに対して有する以下1ないし2の給料債権の合計
1 平成七年一一月から平成九年一月までの休日出勤手当合計七万二五六九円
2 平成七年一一月から平成八年一二月まで一四か月間にわたり一か月一〇〇〇円ずつ積立金名目で給料天引の方法により控除された合計一万四〇〇〇円
六 原告大越正志につき、三八万五八二五円
ただし、同原告(仙台泉店勤務)が破産者株式会社ブルーハウスに対して有する1ないし2の給料債権の合計
1 平成七年三月から平成九年一月までの休日出勤手当合計三六万三八二五円
2 平成七年三月から平成八年一二月まで二二か月間にわたり一か月一〇〇〇円ずつ積立金名目で給料天引の方法により控除された合計二万二〇〇〇円
七 原告長山明敬につき、一二七万九二六一円
ただし、同原告(長津田店勤務)が破産者株式会社ブルーハウスに対して有する以下1ないし2の給料債権の合計
1 平成七年三月から平成九年一月までの休日出勤手当合計一二五万七二六一円
2 平成七年三月から平成八年一二月まで二二か月間にわたり一か月一〇〇〇円ずつ積立金名目で給料天引の方法により控除された合計二万二〇〇〇円
八 原告末永雅巳につき、二六三万八七八二円
ただし、同原告(清田店勤務)が破産者株式会社ブルーハウスに対して有する以下1ないし3の給料債権の合計
1 平成七年二月から平成九年一月までの休日出勤手当合計二三七万一八二一円
2 平成七年二月から平成八年一二月まで二三か月間にわたり一か月一〇〇〇円ずつ積立金名目で給料天引の方法により控除された合計二万三〇〇〇円
3 平成七年二月から平成八年一二月まで二三か月間にわたり一か月一万〇六〇七円ずつ社員持株会名目で給料天引の方法により控除された合計二四万三九六一円
九 原告服部正道につき、二八万七二九六円
ただし、同原告(長津田店勤務)が破産者株式会社ブルーハウスに対して有する以下1ないし2の給料債権の合計
1 平成七年一〇月から平成九年一月までの休日出勤手当合計二七万一二九六円
2 平成七年九月から平成八年一二月まで一六か月間にわたり一か月一〇〇〇円ずつ積立金名目で給料天引の方法により控除された合計一万六〇〇〇円
別紙2 届出債権一覧表
<省略>
別紙6 認容額算定一覧表
<省略>